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神戸地方裁判所 昭和63年(ワ)903号 判決

原告

芦田美智子

右訴訟代理人弁護士

西村登

被告

神鉄交通株式会社

右代表者代表取締役

大南豊

右訴訟代理人弁護士

荒木重信

明石博隆

藤井義継

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二二二一万五〇七九円及びこれに対する昭和六〇年七月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

(一) 発生日時 昭和六〇年七月五日午前七時三五分ころ

(二) 発生場所 神戸市灘区六甲山町南六甲一〇三四番地六甲トンネル内南出口から約三〇〇メートルの地点

(三) 加害車 高津原修運転の営業用普通乗用自動車

(四) 被害者 加害車に客として同乗中の原告

(五) 事故態様 加害車が右トンネル内を北から南へ走行中、前方に停止中の車両に追突したもの

2  被告の責任原因

被告は、一般旅客運送業を営み、その営業のため加害車を所有し、運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、本件事故により生じた原告の人身損害につき賠償責任がある。

3  原告の受傷、治療経過及び後遺障害

(一) 原告は、本件事故により、外傷性頸部症候群、腰部・右上下肢打撲の傷害を受けた。

(二) 治療期間及び医院

(1) 中川医院 通院

昭和六〇年七月五日、同月六日、同月二六日

(2) 町塚耳鼻科 通院

昭和六〇年七月二六日 鼻柱破裂の治療

(3) 神戸市立中央市民病院 入院

昭和六〇年七月三〇日から同年八月一四日まで(一六日)

鼻血の止血と全身湿布の取替え、高熱に対する投薬、安静

(4) 右同病院 通院

昭和六〇年七月二七日から昭和六二年四月六日まで(前記入院期間を除き、実日数三二日)

両膝の水抜き薬注入、検査、投薬、注射

(5) その他、イ昭和六〇年七月五日から圧鍼刺激療法二九九回、ロ昭和六〇年八月からマッサージ二五九回

(三) 後遺障害

(1) 症状固定日 昭和六二年四月六日

(2) 後遺障害の内容

頸椎・腰椎部手掌圧痛、叩打痛、傍背柱筋圧痛、右顔面・上下肢に軽度の知覚障害、局所神経の刺激症状、両膝間接腫脹、間接裂隙圧痛

4  原告の損害

(一) 療養費 合計金一四二万五二〇〇円

(1) 圧鍼刺激療法二九九回分 金九〇万一五〇〇円

(一回金三〇〇〇円、但し平成元年三月二五日から一五回分は一回金三三〇〇円)

(2) マッサージ二五九回分 金五一万九〇〇〇円

(一回金二〇〇〇円と初診料金一〇〇〇円)

(3) 足温器代 金四七〇〇円

(二) 交通費(タクシー代) 金四〇万一二六〇円

原告は、前記傷害のため、治療等の外出に電車・バスでは困難であったことからタクシーを利用せざるをえず、本件事故当日から昭和六二年四月二五日まで、別紙交通費明細書記載のとおり合計金四〇万一二六〇円の支出を余儀無くされた。

(三) 逸失利益 金一三三八万八六一九円

原告は、昭和六年一一月一九日生まれで、尼崎市立園和小学校に教諭として勤務していたが、本件事故により原告が受けた傷害と症状のため、かなりの肉体労働が要求される小学校教師の職務遂行は、到底不可能となった。原告は、そのため真剣に退職を考えたが、学年主任としての責任感、時の経過による症状軽快への期待及び同僚教師等の協力により退職を思い止まり、職務に耐えてきたところ、足がむしろ悪化し、教室内でも身体が硬直して動かれず、呼吸困難となり、立っていることができないので、やむを得ず椅子に座って自ら足をマッサージしてその場を凌いだりしていたが、授業の方は完全に挫折状態に陥った。昭和六二年の夏休みの療養専念も効果がなく、原告は、ついに退職を決意したが、年度途中の退職は他に迷惑をかけるため、年度末の昭和六三年三月三一日、定年(原告の満六〇歳の定年は平成四年三月三一日である。)まで四年を残して退職した。

以上のとおり、原告は、本件事故後約二年九か月間、毎日本件受傷による苦痛と戦いながら小学校教諭としての職務を続けてきたが、ついに肉体的精神的限界により退職のやむなきに到ったものである。

そこで、原告の昭和六二年中の給与・賞与合計金七八四万四二三二円から源泉徴収税額金七二万七五〇〇円、社会保険料等金五二万三三九八円及び昭和六三年四月一日から平成元年四月一日までの共済年金額金二八三万七〇二三円を控除し、ホフマン式計算法により中間利息を控除して、原告の定年まで四年間の得べかりし利益を算出すると、次の計算式のとおり金一三三八万八六一九円となる。

〔784万4232円−(72万7500円+52万3398円+238万7023円)〕×3.5643=1338万8619円

(四) 慰謝料 合計金五〇〇万円

(1) 入通院分 金二〇〇万円

(2) 後遺障害分 金三〇〇万円

(五) 弁護士費用 金二〇〇万円

5  よって、原告は、被告に対し、金二二二一万五〇七九円及びこれに対する本件事故発生日である昭和六〇年七月五日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実はいずれも認める。

2  同3及び4の事実はいずれも争う。

本件事故によって、原告の身体に治療を必要としたり、小学校教諭の職を退職せざるを得なくなるような傷病は、なんら発生していない。

三  抗弁(損害のてん補)

原告は、本件事故に関し、自賠責保険から金一二〇万円の支払いを受けているので、損害額から控除すべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実のうち、原告が、自賠責保険から金一二〇万円の支払いを受けたことは認めるが、その余は争う。

右金一二〇万円のうち金一一万九三〇〇円を控除した残額は、治療費として各病院に直接支払われているところ、原告の本件請求は、各病院の治療費を除外しているから、これを控除すべきでない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(交通事故の発生)及び2(責任原因)の各事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、原告主張にかかる傷害の存否及び本件事故との因果関係について判断する。

1  〈証拠〉によると、原告は、本件事故当日である昭和六〇年七月五日、尼崎市東園田町所在の中川医院で診察を受け、翌同月六日、同月二六日と同医院に通院し、次いで同月二七日神戸市立中央市民病院を受診し、同月三〇日から同年八月一四日まで一六日間同病院に入院したのち、同月二五日から昭和六二年五月一五日まで同病院に通院(診療実日数三二日)して、それぞれ治療を受けたほか、昭和六〇年七月五日から平成元年六月二八日まで二九九回にわたり神戸市灘区所在の川下治療院で圧鍼刺激療法を、昭和六〇年八月から平成元年六月三〇日まで二五九回にわたり同市灘区所在の久保施術室でマッサージを受けたこと、右中川医院での診断名は、右側頭部・右前胸部・右上前腕部・右腰部・右大腿右膝部打撲症・頸部捻挫とされ、神戸市立中央市民病院での診断名は、外傷性頸部症候群、腰部・右上下肢打撲とされていること、以上の事実が認められる。

以上の事実からすると、原告は、本件事故により右各傷害を負ったかの如く見えないではない。

2  しかしながら、他方、右1に認定の事実に、〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)  原告は、本件事故当時、尼崎市立園和小学校に教諭として勤務していたものであるが、本件事故当日午前七時過ぎころ神戸電鉄大池駅前で、阪急電鉄六甲駅に向かうべく、高津原修(以下「高津原」という。)運転のタクシー営業車である加害車に乗客として同乗し、同日午前七時三五分ころ、六甲トンネル内において本件事故に遭遇した。

(二)  本件事故の発生状況は、高津原が加害車を運転し、六甲トンネル内を先行する田口和順運転の普通乗用自動車(以下「田口車」という。)に追従し、その約21.4メートル後方を時速約四〇キロメートルで走行していたところ、加害車の後方から進行してきた単車のエンジン音に気を奪われ、田口車の動静に対する注意を欠いたまま漫然と右速度で進行したため、前方で停車した田口車を約8.9メートル手前に迫ってはじめて認め、急制動措置を講ずるも及ばず、田口車の後部に加害車前部を衝突させ、さらに、その衝撃により田口車を前進させて、同車をその前方に停車中の他車に追突させたものであるところ、原告は、本件事故時、加害車後部座席のやや左寄りに普通の恰好で座っていたものであり、本件衝突の瞬間気を失い、気が付くと後部座席にいた。

なお、本件事故による車両の損傷状況をみると、加害車は、フロントバンパーが上向きになり、フードがくの字に屈曲し、左右フロントフェンダーがグリルとともに押し込まれており、他方、田口車の後部は、リアバンパーが押し込まれて車体に接触しているようであり、また、リアパネルが押し込まれてくの字に凹んでおり、左クオータパネルの後端が押しつぶされている。

因みに、高津原は、本件事故によってまったく受傷していない。

(三)  ところで、加害車の総重量は、車両自体の重量一二九〇キログラムと乗員二名分の重量約一二〇キログラムとの合計約一四一〇キログラムであり、田口車の総重量は、車体自体の重量七七〇キログラムと乗員一名の重量約六〇キログラムとの合計約八三〇キログラムと推定されるところ、時速四〇キロメートルの速度で走行していた加害車が、衝突前8.9メートルの位置で制動してから田口車に追突した場合における、加害車の有効衝突速度が時速14.8キロメートル(秒速4.1メートル)であり、田口車のそれが25.2メートルであること、また、加害車に生ずる正味の速度変化が秒速4.36メートルであり、したがって、加害車に生ずる加速度が2.2Gであることは、自動車工学上の計算式から明らかである。したがって、加害車には、後方向に2.2Gの加速度が発生したと推定されるので、加害車に同乗していた原告(後部座席に座っていたので、シートベルトは締めていなかったものと考えられる。)の身体は、車体に対して相対的に前向きに振れることになるところ、原告の身体の振れる距離は、全く抵抗しなかったとして(シートベルトを締めていないので)、四四センチメートルとなり、原告の身体は、四四センチメートル前方に振れた後、身体の弾性反力等により元の位置に振れ戻ることになる結果、本件追突により、原告の身体は、平均的に四四センチメートル前方に振れるから、その頭部、胴体及び上下肢が前部座席の背もたれ(シートバック)に二次衝突する可能性は十分あり得ること、そして、かかる二次衝突により原告の身体に与えられる衝撃加速度は2.2Gであり、また、これにより原告の頸部に加わるトルクが五フイートポンドであることもまた、自動車工学上の計算式等から明らかである。

しかして、身体の前面衝突の衝撃耐性の実験例によると、最も低い衝撃耐性限界値は、人間をステアリングホイールに衝突させた場合の7.2Gであるところ、シートバックの背面は、ステアリングホイールと違って広い面積で、かつ、全体に柔軟な面からできているので、2.2Gで受傷することはあり得ず、また、人体の頸部に加わるトルクの無傷限界値は、後屈三五フイートポンドとされているから、その七分の一である五フイートポンドのトルクによって、原告に外傷性頸部症候群が生ずるとは認め難い。

(四)  原告は、本件事故直後、病院ではなく、自己の勤務先の園和小学校に行きたい旨を強く希望したため、高津原において代わりのタクシーを呼び、原告は、六甲トンネルの出口付近で、約一〇分ほど右タクシーが迎えにくるのを佇立したまま待ったが、その間、高津原に対し、受傷の事実や痛みを訴えるようなことはなかった。そして、原告は、高津原が呼んだタクシーで阪急電鉄六甲駅まで行き、同駅から電車に乗車して園和小学校へ出勤し、午前中半日の有給休暇を取って、同僚の自家用車に乗せて貰い、最寄りの前記中川外科を受診した。

原告は、中川外科で、外傷部の疼痛を訴えたところ、右側頭部・右前胸部・右上前腕部・右腰部・右大腿部右膝部打撲症、頸椎捻挫と診断され、投薬と膝及び腰部湿布処置を受けたが、神経症状はなく、また、右同僚の車の乗降に際して同僚の手助けを必要とすることもなかった。

なお、原告は、右事故当日の午後は平常勤務し、その後一学期の終了する七月二〇日までは、同月六日(土)と一一日の午後三時間の有給休暇を取っただけで、あとはすべて平常勤務についた。

(五)  原告は、昭和六〇年七月六日も頭痛を訴えて中川医院に通院したが、その後同月二六日まで通院せず、同月二七日には、後頭部痛、頸部痛、右肩痛、吐き気等を訴えて、神戸市立中央市民病院(以下「市民病院」という。)を受診した結果、外傷性頸部症候群との診断を受け、同月三〇日から同年八月一四日まで一六日間、安静加療のため市民病院に入院したものであるところ、右入院の主たる理由は、鼻血が止まらないということにあった。市民病院を退院後、原告は、同年八月二五日から昭和六二年五月一五日まで、外傷性頸部症候群との病名で、同病院に通院したが、その診療実日数は三二日で、一月に一、二回といった通院状況であり、一方、原告は、膝の疼痛及び腫脹の症状が続いており、昭和六一年一月三一日、市民病院において変形性膝関節症と診断され、その治療のため、右同日から昭和六二年六月一三日まで同病院に通院した。

(六)  市民病院の清水和也医師作成の昭和六二年四月一七日付後遺障害診断書の記載によると、原告の自覚症状は、「頸肩腕痛、頭痛、両膝痛、両下肢がひきつる、腰痛、真っ直ぐに歩きにくい、正座困難、長く歩けない」とされているが、他覚症状及び検査結果等の記載によると、「知覚障害なし、上下肢反射異常なし、筋力も保たれている、筋萎縮なし、両膝に水腫があるが、変形性膝関節症によるものか打僕症の後遺症かは不明、頸胸椎レ線では明らかな異常はない、頸肩部に圧痛、運動痛を認める」となっていて、客観的な他覚的所見は皆無に等しい。

因みに、原告からなされた自賠責保険後遺障害等級の事前認定は、非該当と認定されている。

以上の事実が認められ、〈証拠〉中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてにわかに信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

3 以上に認定の事実を総合勘案すれば、本件事故により原告が受けた衝撃は極めて軽微なものであって、原告は、頸部、腰部、右上下肢に殆ど衝撃を受けていなかったと認められるから、この程度の衝撃で外傷性頸部症候群、腰部・右上下肢打撲等の傷害を負うものとは到底認め難いというべきである。

そうすると、原告に前記各傷病があるとの診断があったとしても、右診断の前提となった原告の愁訴自体に強い疑念が存し、ひいては診断そのものに疑問があることが認められるから、右診断のみによって原告が本件事故によって受傷したとの事実を認めることはできないというほかなく、他に、原告の右受傷の事実を認めるに足る証拠はない。

三よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官三浦潤)

別紙〈省略〉

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